写真館 World photogarrely

2005年6月に日本を出発、神戸から船で中国の天津へ。
準備したのはモンゴルのビザのみ。
ガイドブックは持たず、気の向くまま一人旅。
モンゴルを経由し、シベリア鉄道でロシアを横断。
北欧フィンランドに到る。

ヨーロッパ最北端、ノルウェー・ノールカップで白夜を体験し、ヒッチハイクで南下する。
スウェーデン、デンマーク、ドイツ、チェコ、オーストリア、
イタリアから船でクロアチアに渡り、旧ユーゴスラビアを抜けて、ブルガリア、トルコ。
お金に余裕がないので、ほとんど観光はせず、一日中街を歩き、現地の人が通う食堂や売店で食事をする。

途中、トルコのイスタンブールで初めて三味線の路上演奏をする。
このときの稼ぎはゼロ。
トルコからシリア、ヨルダン、イスラエルを経てエジプトに渡る。
アフリカ大陸に上陸。
イスラム文化は旅人にやさしいが、慣れない『バクシーシ』には戸惑う。

エジプト・カイロから南、砂漠地帯へ。
トラックの荷台や乗り合いバスでの過酷な長距離移動が続く。
スーダン、エチオピア、ケニア、
タンザニア、ザンビア、ジンバブエ、
レソト、南アフリカ。
広大な自然に圧倒される。
治安が悪く、病気予防の体調管理にも気を遣う。
12月に念願のアフリカ陸路縦断、喜望峰に到達する。

日本を出発して初の飛行機移動。
空路で南ア・ケープタウンより南米のアルゼンチン。
アルゼンチンやチリの南部、パタゴニア地方の最南端の町、ウシュアイアで2006年を迎える。
アラスカまで17848kmの道路標識を見て、アメリカ大陸の陸路縦断を決意。
途中のブラジル・サンパウロでは路上演奏がきっかけで日系人会に世話になる。
長期滞在中、日本文化の素晴らしさを再発見し、日本人であることに誇りを感じる。

ブラジルからアンデスの山岳地域を北上。
ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビアを訪れる。
危険な未舗装の山道が多いが、高山の美しい景色は飽きない。
コロンビアから中米パナマまで道路がないので、港の停泊しているヨットに交渉して乗せてもらう。

カリブ海上で一週間、嵐に遭いながらも大波越えてパナマに渡る。
ここでパスポートがスタンプとビザでいっぱいになり、大使館でページを増やしてもらう。
コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ。
治安が良くないので細心注意を払いながらの移動と滞在。
メキシコでは選挙中で、間近でデモを見て、自国愛と国民のあるべき姿に感動する。
アメリカへ入り、各地を回りながら西海岸と東海岸を何度も往復。
カナダより北はヒッチハイクで移動し、9月にアラスカの北端、北極海沿岸のプルドーベイに到着。
南北アメリカ陸路縦断を達成。ツンドラの平原で毎夜オーロラが見える。
二回目の飛行機でタヒチ、ニュージーランドを経て、オーストラリアへ行く。

オーストラリア・シドニーで旅費を稼ぐ。
毎日ストリートに出て、多い日は$150以上の収入。
オーストラリアから島伝いに東チモールやインドネシアへ。
バリ島で通2007年を迎える。
船での移動を続け、マレー半島へ上陸。

東南アジアを周遊し、ベトナムから再び中国。
まっすぐ帰国するはずが、足は西へ向かう。
アジアを横断し、この旅の最終目的地をトルコ・イスタンブールに修正する。

中国・雲南省から山沿いを進み、乗り合いバスでチベットへ向かう。
標高5000m超の峠を幾度も通り、軽い高山病にかかる。
雄大な景観。空が近い。
ラサからヒマラヤ山脈を越えて南下。
ネパール、インドに行く。
旅費の節約で、一日当たり$5以上使わないように滞在し、移動した。

インドから西方、内戦で国境付近の治安悪化などからルートを変更。
バングラディッシュでイランのビザを取得し、パキスタンから三度目の中国入り。
西方ウイグル地区からシルクロードに沿って中央アジアを巡り、西へ進む。

中国、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、
トルクメニスタンを経てイラン。
イラン各地を回り、最後の国境を越えてトルコに入国

2007年9月に最終目的地イスタンブールに到着。
西回りで地球を約一周半。
夢の世界一周、64カ国を訪れ、日本に帰国。
値段の都合で関西国際空港に降り、千葉まではヒッチハイクで帰る。